![]() Home
|
|
![]()
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
犬吠埼灯台概要 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 犬吠埼灯台は、明治7年(1874)11月15日、日本で24番目の洋式灯台として点灯し、現在も海上交通の重要な道しるべとして立派にその使命を果たしています。また、犬吠埼灯台には毎年10万人以上の人々が訪れ、初点灯以来これまで参観者数日本一の座をほぼ独占してきました。さらに、平成10年(1998)6月に「世界の歴史的灯台100選」、同年11月には「日本の灯台50選」に選ばれました。 白亜のバランスの取れた美しいプロポーションを持つ犬吠埼灯台こそ、現在大小約3300基の灯台がある中で、私たち日本人に「ライトハウス」のイメージを植えつけた最も印象深い灯台と言っても過言ではないでしょう。 灯台の高さは31.5m、国産レンガ19万3千枚を使い、日本の近代文化遺産としても貴重です。灯台のレンズは、建設当初フランス製のフレネル式第1等8面閃光レンズ(展示館にて展示中)でしたが、太平洋戦争末期空襲で大きな損傷を受け、現在は国産のフレネル式第1等4面閃光レンズに代わっています。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 灯台を設計したのは「日本の灯台の父」と尊称される英国人土木技師リチャード・ヘンリー・ブラントン(1841〜1901)で、明治政府の「お雇い外国人」第1号として明治元年(1868)8月に当時27歳で来日しました。在日8ヵ年の間に犬吠埼灯台をはじめ28基の灯台、2隻の灯船を建設し、日本の灯台システムの基礎を作りました。 | ![]() 「犬吠埼灯台所蔵」 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 犬吠ネットトップ |
犬吠埼灯台の霧笛CDはこちらでもお買い求めいただけます。 霧笛CDの収益金の一部は、学術調査費用などに充てられます。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ©犬吠埼ブラントン会 2008 All rights reserved. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||